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紫色の月光

紫色の月光

第二十三話「風に乗れ!」

第二十三話「風に乗れ!」  



「んじゃ、世話になったな」

 京都の山の奥、忍者の村の神谷家にてマーティオとネオンは出発の支度を終えて皆に挨拶をしていた。

「今回の件では、まあこちらも迷惑をかけた。色々協力もしてもらって非常に申し訳ない」

「いえ、我々も自分の意志で動きましたので……」

 マーティオにしては礼儀が良いな、と慎也の横にいる棗は思った。
 この男は世話になった人間には偉く失礼な時もあるが、妙に律儀な所もある。

「で、あんた等これからどうするわけ?」

「取り合えずパリに行こうと思ってる。イシュの情報はそっちから貰ったし、先輩を探したい」

 エリックは新しい携帯でも買えば番号が分るから何時でも連絡が取れる(前のは海に落ちた際に無くした)。しかし現在行方不明の先輩の居場所は実際に探さなければならないと判断したのだ。

「しかし……大変ですな。よもはやの邪神と来ましたか」

「俺様も俄かには信じがたいがな。だが最終兵器とかの存在を考えれば、まあ信じないわけにも行かないだろうよ」

 この情報は確かに衝撃的であった。だが、イシュ幹部の相澤・猛がいた塔で入手した情報なのだから信憑性は高いだろう。

「じゃあ、そろそろ行くぜ。飛行機の時間に遅れるからな」

 そう言うと、マーティオとネオンはくる、と回れ右をして村から出て行く。
 
 しかし、その背中を見ながら棗は思った。あの男にしては妙にスッキリすぎる、と。
 違和感を感じるのだ。毎回あの男は人の不幸な所を見るのを楽しみにしている傾向がある。そのマーティオがこうもあっさりと出て行こうとしているのに疑問を覚えるわけである。

(まさか――――!?)

 ふと、何かに気付いて懐に手を突っ込んで見たら、思ったとおりであった。

「こらあああああああああ!!! ベル公、財布返せええええええええええええええええええええええ!!!!」

 棗の財布が何時の間にか抜き取られているのである。そしてその言葉に反応して、自分の懐を確かめる者が次々と悲痛な叫びをあげた。

「あ、何時の間に! さっきまではあったのに!」

「やい、ベル公! 金返せ!」

 ベルセリオン、という苗字からベル公と呼ばれたマーティオは、イタズラ小僧のような笑みを浮かべながら彼等の方に振り向く。

「やーい、今頃気付いたかバーカ! ひゃはははははは!」

 毎度の不気味笑いを山の中に木霊させながら、彼はネオンとともに全速力で逃げた。
 しかし、忍者から金を盗むとは恐ろしいスキルである。

(いやはや、敵いませんなぁ……貴方はきっと更に大物になるでしょう)

 因みに、唯一財布を盗まれなかった慎也は、呆れたような目で、笑いながらマーティオ達を見届けたと言う。

(しかし、イシュという裏組織と相対するのなら……貴方方も命を賭けなければなりませんぞ。何しろ、イシュにはあの者がいますからね)

 それは塔に侵入した際、偶然見つけた情報だったのだが、この事を仲間が居る状態で教えたくはなかった。故に、マーティオが向こうについてから電話を使うなりして伝えるつもりだった。

(我流の道を行き、忍を外れた者……今ではダーク・キリヤと呼ばれているらしいですが)

 その忍者が数日前、イシュの幹部の一人に雇われたのだと言う。その幹部が一体何処の誰なのかは知らないが、

(用心するべきでしょうな……少なくとも、仲間と合流するまでは)






 中国の北京。
 深夜零時の時刻に近づくにつれて続々と警官隊の数が増えていっている。警備にしては慌しいのだが、生憎今回は怪盗から警察への宣戦布告とも言える予告状が届いているのである。これは警察の面子にかけても阻止しなければならない。

「ジョン、予告時刻まであとどのくらいだ?」

 バナナを片手に、世界を駆け巡るおまわりさんことネルソン・サンダーソン警部は相方のジョン刑事に問う。

「まだ一時間ほど余裕があります」

「そうか。しかし、まさかこの俺が新たな怪盗に振り回される事になるとは」

 実は今回の予告状は毎回彼が追っている怪盗シェルことエリックからの物ではない。
 以前、オーストラリアでマーティオに酷い目にあった二人組み。怪盗ブラックローズとホワイトローズからの物である。

 だが、此処でポイントなのは、

「まさか怪盗シェルと同じターゲットを、しかも一日早く狙ってくるとは……」

 中国行きの飛行機の中で、ネルソン達は怪盗シェルからの予告状に目を通していた。彼等のターゲットは巨大エメラルド『魅惑の女神』。
 なのだが、その魅惑の女神をターゲットにしていた泥棒がもう一組いたのである。
 因みに、そのターゲットは現在はまだ場に出されており、予告45分前になったら金庫にしまいこむ手筈になっている。

「ところで、その女神の護衛には誰がついている?」

 ネルソンがバナナを一気に飲み込むと、ジョンが答えた。

「交替で、今は警官二人がついていますが………って、警部何を喉にバナナ詰まらせてるんですかちょっと!?」

 そう言うと、ジョンは何時の間にかバナナ五本一気食いをしていたネルソンのために水を調達して来た。




 ホントにでかいな、と警備員に成り済ましたエリックと狂夜は思った。今、警備員の服装を着込んだ彼等の目の前には全長2m程のエメラルドが存在している。それもどういうわけかピラミッドのように三角錐の形なのだ。

「なんでも、発見されら時からこんな形してたんだってさ」

 横で解説プレートを見ている狂夜が言う。

「日本で発見された、だって。そして、その名前の由来はこのエメラルドの中核に女の人の形の像みたいなのが見えることからきてるんだって」

「じゃあこいつは大自然が超がつきそうな偶然で生み出した天然のお宝だってのか?」

「流石にそれはないと思うよ。プレートにはそう書いてるだけで、実際は大嘘なのかも」

 身も蓋もない言い方だが、エリックも納得してしまった。
 こんな複雑なエメラルドが偶然で生まれるはずが無い。しかも中に女の像入りと来たものだから絶対誰かが何らかの方法で作り上げたに違いない。

「でさ、どうするわけ? なんか僕らの前にこれを盗もうって考えてる人たちがいるみたいだけど」

「決まってるじゃねぇか」

 エリックがさも当然の様な顔で言う。

「今にして思えばあの女二人組みのせいでバンガードの屋敷に行く羽目になって、宇宙人呼んじまって、マーティオは海に消えて、挙句の果てには未来からの組織に邪神なんて話になっちまったんだ。1泡吹かせてやるぜ!」

 気のせいか、エリックの背後に巨大な火山が噴火しているようなオーラが漂っていた。何ともいえない迫力である。

「キョーヤ、悪党はやっぱ悪党らしくねーと駄目だよな?」

「同感だね。でも何する気なのさ?」

「何、ちょいと、な」




 犯行時刻ジャスト、あの怪盗ブラックローズ&ホワイトローズが場に華麗に舞い降りた(単に入り口のドアから入ってきただけだが、この方がいいという本人談)。それと同時、彼女達は閃光弾を放り込む。

「む!」

 警備に当たっていた男二人は思わず目がくらんで怯んでしまうが、それが命取り。女怪盗の股間へのダイレクトアタックによって一瞬にして倒されてしまった。

「ほっほっほ、男なんてちょろいモンよ!」

 ブラックが誇らしげに言うが、ホワイトはとてもそうは思えなかった。何せあのマーティオにナイフを持って追いかけられた事がまだ恐ろしいのである。

「ま、気を取り直して……早い所金庫からターゲット盗んじゃいましょ」

「OK」

 手馴れた動作で金庫のパスワードを入力するホワイト。事前にみっちり調べ上げたのだから何の文句も無い。
 その証拠に、あっさりと金庫の扉が鈍い音を立てながら開いた。

「さぁて、女神様とのごたいめ………ん?」

 勢いよく中を覗いたブラックだったが、どういうわけか金庫にはエメラルドなんて物が何処にも無い。代わりにあるのは一つの紙切れだった。その紙切れにはこう書かれている。

『待ちきれないので定刻よりも24時間前に頂いちゃいました。テヘ♪ by怪盗シェル&レオ』

「しまった、やられた!」

 思わずそんな叫びをあげてしまう。
 ペコちゃんマークまでついてる辺り結構凝っている。

「つーか何よこの『テヘ♪』って!」

「まんまとやられた訳ね。前回のリベンジって奴?」

 ホワイトが呟くと、それに応えるようにして男の声が響いてきた。

「だぁーはっはっは!! 見たかこの女共め!」

 ふと上を見てみれば、あの怪盗シェルが上の窓からこちらを見下ろしている。仮面をつけているのでどんな顔をしているのか分らないが声からして恐ろしく満足しているようだ。

「この前はよくも銀行のお金を盗んでくれたなこの雌豚!」

「その雌にあっさりと盗まれた奴はあんたでしょうが!」

 ブラックの反撃の一言にも怯まずにエリックは続けた。

「しかも挙句の果てには宇宙人は来るわ未来からの組織が狙ってくるわで色々大変なんだぞ馬鹿野郎! 全部お前らのせいだ!」

『いや、なんで!?』

 理不尽な怒りを押し付けられた二人は困惑する。と言うか、話が見えない。宇宙人や未来人ってなんやねん。この次は超能力者でも出てくるのだろうか?

「兎に角だ、そんな原因を作ってしまったお前らを出し抜いて俺は非常に満足だ!」

 その横には呆れた目でエリックを見ている狂夜の姿があった。彼は既に撤退準備に入っている。窓から魅惑の女神を下に準備している車に落としてから何時でも逃げる準備は出来ている。正直、早くおさらばしたいと言うのが本心だ。
 と言うか、なんだかマーティオ二号を見ている気がする。

「そんなわけでサラバ!」

 二人が同時に振り返る。先ずは狂夜が魅惑の女神を下の車に詰め込んで、後はその車でおさらばするだけだ。

「って、あら?」

 ところがどっこい。どういうわけかその車が見事に『ぶっ壊されていた』。しかも見たところ鋭い刃物か何かによって一刀両断にされている。
 だが、此処まで派手に壊れているのだから真上にいる彼等が気付かないはずが無い。

「……不良品なのか。もしくはツンデレなのか」

「何をどうしたらツンデレになるのかはあえて聞かない方針で行こうか、エリック」

 と言うか、此処までぶっ壊れていたらツンもデレもないだろう。

 大地に降り立った二人は予想外の事態にどうするか考えつつも、行動に移ろうと考えた。

「取り合えず、最終兵器で強行突破!」

「賛成!」

 この二人はデカいエメラルドを持っている状態なのだから、普通に逃げても無意味だと考えたのである。そうとなれば最終兵器の力で警官隊を全部叩き潰して逃げればいいと考えたのだ。
 早速実行に移そうと警官隊がいるであろう正面に向かうが、其処で彼等は想像もしなかった光景を目の当たりにした。

「え?」

 思わず間抜けな声を発してしまう。

 それもそのはず。どういうわけか警官隊の面々が機械、生命体問わずにボロボロにされているのである。特に酷いのは正面にあるパトカーで、まるで何かに食べられたかのように大部分の部品が欠落している。

「――――な、なんじゃこりゃ?」

 気合を入れてきたのが台無しだと言う事もある。
 しかしそれ以前に自分達が侵入した時は全然こんな光景じゃなかった。そして怪盗ブラックローズとホワイトローズが何食わぬ顔で侵入してきたと言う事は、彼女達がやってきたときもまだこんな状態ではなかったと考えられる。

「でも、そんな気配は全然しなかった。銃声も何も聞こえなかった――――!?」

 次の瞬間、狂夜が振り返ると同時、窓から勢いよく二つの影が飛び出した。怪盗ブラックローズとホワイトローズだ。

「マテコラ! フライングなんて卑怯だぞ!」

 犯罪者に向かって卑怯もクソも無いわけだが、それでもエリックの言動が妙にむかついたらしい。

「げっ、出やがったな三次元の刺客め!」

 訳の分らない一言だが、それでもこの状況だ。逃げるのが先決である。

「ちょっと待てえええええええええええええ!!!」

 しかし逃げようとした瞬間、何処かで聞いたことがある忘れたくても忘れられない声が響いてきた。

「こ、この声はもしや……!」

 恐る恐るエリックと狂夜が振り返ってみると、なんと建物の屋上にあのネルソンとジョンの姿があるではないか。

「やっぱネルソン警部か! この惨状の中で一番死にそうに無いあんたの叫びが無かったからおかしいとは思ったぜ!」

 だが、ネルソン警部はそんな事はどうでも言いとでも言わんばかりにスルーした。と言うか、自分の話だけで精一杯のようである。つまり聞いちゃいないわけだ。

「ふっふっふ……このネルソン様がいない時にこの暴れよう、やってくれるじゃないか泥棒たち!」

「いや、俺達じゃ無いから」

「私たちでもないわよ」

 だが、やっぱり聞いちゃいなかった。
 しかし次の瞬間、そのネルソンの後ろに超巨大な何かがあることに四人の泥棒は気付いた。

「気付いた様だな。これが今回の警部の秘密兵器『スーパーマグネット磁石君――――――って何いいいいいいいいいい!!!?」

 振り返ってみると、なんとその磁石君がどういうわけか真っ二つにされている。このネルソンの驚きようからして、先ほどまでは磁石君はパーフェクトな存在だったに違いない。

「け、警部。あれを!」

 ジョンが指差す所を見てみると、其処にはなんと磁石君を『食べている』人影があった。しかも、すぐにぺっと、吐き出した。まるでガムでも吐き出すようなイメージである。

 しかし、その影は人というには余りにも異形であった。
 胴体に顔、四肢はきちんとあるのだが、皮膚の色が緑色で、しかも顔の形が何処と無く爬虫類をイメージさせるつくりになっている。一言で言うならばSF映画にでも出てきそうなモンスターだ。

「もしやお前が外の惨状を生み出した張本人か!?」

 ネルソンの問いにモンスターは答えない。
 しかし次の瞬間、モンスターはウサギもビックリの脚力で跳躍。真下にいるエリック達の所へと降り立った。

「うお、なんじゃこいつ!」

 だが、身軽な動きで屋上から降りてきたこのモンスターの正体を、エリックと狂夜は感づいていた。

(こいつが噂の宇宙人!?)

 この前の宇宙人と比べたら随分と爬虫類に見えるが、それでも類似点が見られるところを見ると宇宙人である可能性が高い。

 そんなことを考えていると、真上からぐぉんぐぉん、と気が遠くなりそうな轟音が響いてきた。嫌な予感がしつつも見上げてみると、そこには直径100メートルオーバーの円盤の姿があった。

「……なーんか前にも同じ様な事があったような」

 そう、あの時は確か戦車に乗っていた。しかし、突然宙に浮き、そして宇宙船に吸い込まれていったのであった。

 そこまで思い出した瞬間、ふわり、とエリック達の足が宙を浮き始めた。

「はい?」

 この展開はもしや、と思いつつも彼等は宇宙船から放たれる光の柱によって空に浮く。あのモンスターにエメラルド、しかも女怪盗まで一緒に浮いているのだ。

「ええ!? 何、何!?」

 女二人組みはやはりパニックになっている。何せ、次々と起こる異常現象の前に現実逃避しかけているのだ。

「だあああああ!! やっぱまたこの展開なのか!?」

 エリックが悲痛な叫びをあげる。あんな経験は一度だけで十分だ。二度も味わいたくは無い。
 そう思った瞬間、真横から何かが飛び込んできた。

「うおおおおおおおお!!! 必殺、ネルソンキイイイイイイイイイイック!!!!」

 ネルソン警部がどういうわけかエリックとモンスター目掛けて、ジョンを担いで突っ込んで来た。しかも右足を突き出した状態で、だ。世間一般で言う所のとび蹴りという奴だ。

「ふごあ!?」

 それを受けたエリックとモンスターはネルソンと共に光の柱から飛び出してしまう。次の瞬間、彼等は派手な音を立てながら地面に落っこちた。
 しかし、他の面子とエメラルドは光に飲み込まれながら円盤の中へと消えていく。気のせいか、ジョン刑事はネルソンによって円盤に放り込まれた気がする。

「く、キョーヤ!」

「待っているがいいジョンよ。お前の発信機を頼りに俺が全員逮捕してやる!」

 さらりとネルソン警部の口からトンでもない発言が飛び出した。
 成る程、ジョン刑事を担いだ理由はコレか。ジョンに発信機を持たせ、自分はこのモンスターを倒し、その後宇宙船を追うという考えらしい。ただ、あまりにもジョンが不憫だ。
 エリックの記憶が正しければ、彼は泣いていた。

「おい貴様」

 其処に、ネルソンが話し掛けてきた。

「あれはこの前の宇宙人と言う奴なんだろう?」

「確信はもてないが、多分」

「よし、ならば休戦と行こう。この事態では俺達の敵は一つ、違うか?」

 否定はしないが、意外だった。あのネルソン警部の口からこんな発言が飛び出すとは。

「逮捕はしないのかい?」

「何、バナナを持って来すぎて手錠を忘れてきたから逮捕は出来ん」

 エリックが派手な音を立ててその場に倒れこんだ。手錠よりもバナナを優先させる警官なんて聞いたことが無い。

「と、言う事で今回は警官隊の皆の無念を晴らすべく、奴を倒す。貴様の逮捕はその後だ」

 ネルソンが両拳を力強くぶつけると、その拳から火花のように光が溢れ出す。

「へええええええええええんしぃぃぃぃぃぃぃんっ!!!!!! ポリィィィィィィスメェェェェェェェェンっ、グレェェェェェェェェェェト!!!!」

 毎回ながらよく息が持つな、と思いながらエリックは変身シーンを眺めていた。
 すると次の瞬間、光の中から灼熱の様な真っ赤なボディの男が姿を現す。

「ポリスマン・グレート参上! 行くぞ、エネルギーMAX、今日もお月さんは笑っているぜ!」

 何が言いたいんだろうか、とエリックは思った。

「行くぞ宇宙人、このポリスマン・グレートが引導を渡してやろう!」

 ポリスマンが宇宙人に突っ込んでいく。その攻撃方法はやはり拳だ。
 しかし、それが顔面に迫るにも関わらず宇宙人はたじろぎもしない。

 次の瞬間、なんとポリスマン必殺の鉄拳を宇宙人が掴んだ。

「!?」

 流石に初めての展開なので、ポリスマンも驚きを隠せない。何せ、自慢の鉄拳を力で止める者なんて今まで見たことも無いからだ。

「――――――!」

 異形が吼えた。次の瞬間、ポリスマンは見えない速度のパンチでぶっ飛ばされる。

「うお!」

 壁に激突。派手な音を立てながらコンクリートを砕きながらも、ポリスマンは建物の中に消えていった。

『……詰まらぬ、それが貴様らの実力か?』

 すると突然、モンスターが喋りだした。しかし、口は一切動いていない。

『私はこの『ギャロス』の機動テストを行っている者だ。貴様らの姿はモニターで拝見させてもらっているよ』

「てめぇ、宇宙人か?」

 返ってくる答えは大体わかっているが、それでも聞かずにいられない。

『……君達の目からすればそうだ。エルウィーラーからやって来た皇帝軍。その四大将軍の一人、アルイーター。それが私だ』

 いきなり大物だな、とエリックは思った。

『先ほど船で君達と共にいた者達を捕らえたのも私だ。彼等は今、牢屋の中にいるが、準備が整い次第、ある実験をさせてもらう事になる』

「実験?」

『今、君の目の前にいるこのギャロスなんだが、実は生体兵器なのだよ』

 その生体兵器と言う単語を聞いた瞬間、エリックの脳裏に一瞬、嫌な映像が流れた。

『元々は人間だった訳だが、我が改造医療軍団によって兵器と化した訳だ。彼等も同じ道を辿る事となるであろう』

 しかし、そこでアルイーターは気付いた。
 目の前にいるエリックからなにやら不気味なオーラが発せられている。いや、正確に言うなら彼が持つ『槍』からだ。

「……俺達には自らに課した掟がある。それを最後まで貫き通すのが死んだショータロー先生との約束だ」

 一つ、とエリックは指を立てる。

「相棒を大事にしろ」

 二つ、とエリックは更に指を立てる。

「許せない事には全力でぶつかれ」

 三つ、と更に指を立てる。

「三次元の女に恋するな」

 この3つだ、と言ってから彼は槍を構える。と言うか、最後のだけ妙に迫力に欠けるというか、色々と人間失格の様な発言がある。

「キョーヤは俺の相棒だ。奴に何かしてみろ。てめぇの体がズタズタになるぜ……こんな感じでな!」

 風が吹いた。
 
 涼しいが、怒りと殺意に満ちた凶暴な風だ。
 その風が見えない、迅速の刃となって次々とギャロスの身体を貫通する。

『な、何!?』

 アルイーターは何が起こったのか全く理解できなかった。
 ギャロスの視界を通してエリックを見ている訳だが、そのエリックは槍を構えているだけで何もしていない。

「涼しい風は時たま凶暴な台風になる……!」

 強風が巻き起こる。
 その強すぎる風によって、破壊された磁石君や車、そして死体にギャロスが大きく飛ばされる。

「流石に素早い生体兵器でも、この小さな竜巻の中では自由に動けないぜ!」

 これが最終兵器ランスのレベル4の力だ。漢字一文字で表現するなら正に『風』である。
 そしてそれを発動させたキッカケは彼の怒りだ。今までにない激しい怒りが彼とランスを沸騰させているのである。以前、マーティオを失った(実際には生きているが)経験があるだけに余計に許せないのである。

「最終兵器ランス。飛んでいけ!」

 ランスがエリックの手から放たれる。
 その矛先がまるで波を切るサーフィンのように飛んでいくと同時、ギャロスへ向かい真っ直ぐ追ってきた。

『こ、これは――――!!』

 其処まで言ったと同時、ギャロスの頭に槍が突き刺さった。青の鮮血が吹き出すと同時、その化物は轟音を響かせながら爆発する。 

「アルイーターとか言いやがったな。今すぐそっちに行ってやるぜ! 待ってろキョーヤぁ!」

 そう言うと、エリックはネルソンを叩き起こしに建物の中へ入っていった。




 あのエリック突然のレベル4発動から数時間。問題の円盤は中国を通り越してロシア上空にいた。

「……ふむ、美味」

 そんな円盤の司令室に、四大将軍が一人、アルイーターはいた。しかも律儀にお食事中である。

「この星の食事は中々に美味……サジャ! この食べ物はなんと言う!?」

 どうやら初めての地球のお食事に感動している様子である。
 そんな感動を彼にもたらした食べ物の名を、部下であるサジャが発表する。

「はっ、なんでも、『ゴーヤーチャンプルー』と言うそうです」

「ごーやーちゃんぷるー? 初めて聞く。恐らく、地球人全員が感動を覚えた食べ物に違いない」

 決め付ける辺り凄いと思う。

「ところでサジャよ。飲み物はないか?」

「は、ここに」

 サジャは一つのビンを取り出す。しかも妙に青い。

「……サジャよ、これは一体?」

「は、何でも『ポーション』と言う物らしいです」

「サジャよ、地球の飲み物はこのように青いのか?」

「いえ、他にも黄色や赤、透明に緑までありました。中には『墨汁』と書かれた黒い物も」

「ほう、それはバリエーション豊だな」

 知らないってある意味罪だ。
 しかし、何も知らないアルイーターはポーションをごくん、と一気に呑み干した。

「こ、これは!」

 アルイーターの喉に衝撃が走る。
 その衝撃の正体とは、

「う、美味い……一体何なのだこれは!」

 美味さの感激よりも衝撃が凄まじかったようだ。何分飲める人と飲めない人との差と言う物があるだけに個人の感想はあまり参考にならないのだが、彼は自分が美味いと思えばそれこそが美味いと考える男だ。

「ポーションでございます」

 そしてサジャはこのオーバーリアクションに対して平然とした顔で答えた。

「サジャよ、皇帝陛下や他の将軍のお土産として、そのポーションを50箱ばかし取り寄せるのだ」

「は!」

 メチャクチャだ。どうやら余程感動だったらしい。
 しかし次の瞬間、円盤内に警報が鳴り響く。

「何事だ!」

 食事の邪魔をされた事もあって、アルイーターはかなりご機嫌斜めだ。
 其処に、事態を報告する為の兵士が現れた。

「こちらに急接近してくる飛行物体があります。数は1!」

「何だと!? この星の軍隊なのか!?」

「いえ、大きさからして飛行機や機動兵器の類ではありません。そして、生命反応は二つ出ています」

「何だと、映像に映し出せ!」

 すると、その叫びに応えるかのように目の前に巨大な映像が映し出された。
 映像には雲が映っている。しかし、これは上空に浮かぶ円盤に接近している物を映し出すのだから雲が映るのは当たり前だ。

「これは……!」

 しかし、雲以外に映し出されている2つの姿があった。エリック・サーファイスとネルソン・サンダーソンことポリスマン・グレートである。
 彼等はなんと槍に乗って宙に浮かんでいる。まるで空をサーフィンしているかのようだ。

「迎撃しろ、奴等を海へ落してやれ!」

「はっ!」

 そう言うと、サジャと兵士は敬礼してから部屋を出て行った。

「おのれ地球人め!」

 アルイーターはテーブルに拳を力一杯叩きつける。

「この私の食事を台無しにするとは……いや、もしや」

 そこで、アルイーターは思い出した。彼等はあの巨大なエメラルド、魅惑の女神を巡って争っていたのだ、と。

 もしも彼等の目的が魅惑の女神奪還だったら?
 それだけは何としても阻止しなければならない。何故なら、あのお宝は、

「我等の皇帝陛下の失った宝。地球人如きに奪われる訳には行かぬ!」

 美形な顔が台無しになりそうなほど顔を怒りに染めた彼は、魅惑の女神が大切に保管されている台を見つめた。

「嘗て……!」

 そう、嘗て彼等の星は幾つ物自然災害に見舞われた。 
 いつか星が駄目になるかもしれないと考えた皇帝は娘とこの巨大な宝石を何処か別の星へと非難させる事にしたのだ。宝石の中にある女性の像は病で亡くなった皇帝の妻である。

 しかし、その自然災害は民の本格的な非難が始まる前に治まってしまった。そして先に脱出させてしまった娘と宝石は行方知れずになったのである。

「しかし、この星にコレがあると言う事はお嬢様も何処かにおられるはず!」

 生きていれば21歳と行った所だろう。恐らく、この宝石の中にある女性のように美しく育っているに違いない。

 そしてその女性はまるで花のように美しく、星のように輝いている存在になっているに違いない。

「いかん、妄想にふけってしまった! いやしかし……」

 素晴らしい想像力をお持ちのようである。と言うか、その想像(妄想)シーンに出てきている女性が何故かウエディングドレスを着ているのは行き過ぎである。

『将軍!』

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!?」

 又しても妄想にふけっていたので、突然の部下の通信に驚くアルイーター。オーバーリアクションが素敵だ。

「君はジャギだね! 通信入れるときは一言言いたまえ、ビックリして耳が大きくなっちゃうだろうに!」

『は、はっ! 申し訳ありません』

 理不尽だ。そして地球のお笑い番組の見すぎである。
 と言うか、通信を入れる前に一言入れる暇があったら用件を言う。

「で、何の用かね?」

『はっ、マザーシップのバトルモード準備が完了しました!』

「よし、ならばこのマザーシップの素晴らしい戦闘能力の高さを奴等に見せてやれ!」

 アルイーターはそう言うと、びし、と右手を高々と上げて言い放つ。

「トランスフォーム!」




 レベル4の力を応用しているとはいえ、槍に乗って空を飛ぶと言う前代未聞の行為を行っているエリックとポリスマンは目の前の宇宙船が、突然変形していくのに気付いた。

「な、なんだぁ!?」

 まるでアッシマーのような変形じゃねぇか、と思いながらエリックは宇宙船『マザーシップ』がバトルモードに変形していく姿を見る。

 両腕が出現し、足が開き、頭部にある一つ目が妖しく光りだす。

「おお、あれこそがトランスフォーマー!」

 後ろのポリスマンが風圧でぶっ飛ばされないようにしがみ付きながら言う。

「警部、あれどうにかできないか!?」

「よし、任せろ!」

 すると、ポリスマンはいきなりしがみ付いている手を離した。

「へ?」

 思わずエリックが間抜けな声を放つ。
 だが、そんな事をお構いなし、とでもいわんばかりにポリスマンは夜空へとダイビング。なんとも気持ち良さそうに大の字に身体を広げている。

「何やってんだあんたあああああああああああああああ!!!!」

 思わずエリックが叫ぶが、既に大分急降下しているポリスマンの耳に聞こえるとは思えない。
 しかし、そんな時だ。

「モードチェェェェェェェンジっ!」

 突然、ポリスマンが腕を交差させてから叫ぶ。
 その直後、ポリスマンの赤いカラーが見る見るうちに金色に変化していくではないか。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 金色のポリスマンは突然空中で停止すると同時、気合を入れて『空中をダッシュ』した。まるで見えない階段を駆け上がっていくかのように金色のポリスマンはマザーシップへと猛スピードで向かっていく。

「行くぞ、これこそが熱血と気合と根性の結晶! ポリスマン最強の姿、ポリスマン・ファイナルだ!」

 相変わらずネーミングが直球だな、とエリックは思った。
 しかし、駆け上がっていくスピードを見れば分るが、その速さはあのハイパーシューズを履いたポリスマン・パワードよりも上だ。最強の姿、と言うのも間違いでは無さそうだ。

「勝負だ宇宙人!」

 ポリスマンの叫びに応えるかのように、マザーシップが右拳を振り下ろす。大きさにして軽く10m越えのパンチだ。
 その拳は真っ直ぐ、しかし確実にポリスマン・ファイナルへと向かっていく。

「やべぇ、避けろ!」

 エリックが叫ぶが、時既に遅し。
 
 マザーシップの巨大な拳がポリスマンに命中する。その際に生じた激しい衝撃音が響く中、エリックは思った。

(こ、こりゃ幾らなんでも死んだんじゃねぇのか!?)

 彼はネルソンの恐るべき執念とゴキブリ以上の生命力を誰よりも知っている。知ってはいるが、それでも巨大ロボットの右ストレートをモロに受けたのだ。幾らなんでも人間である以上は死んでいるはずである。

「……ん?」

 しかし、エリックは見た。
 金色のポリスマンがマザーシップの右拳を小指一本だけで受け止めている光景を、だ。

「えええええええええええええ!!!!? 嘘ぉぉぉぉぉぉっ!?」

 思わずエリックが叫ぶが、考えても見れば今のネルソンは最終兵器と融合している、いわば人間兵器だ。しかも最強形態、と自分で言っているくらいにまで強化されているのだ。ある程度予想しておくべきだったかもしれない。
 だが、それでもあの拳を指一本で、さも当然と言わんばかりに受け止めたのにはかなり驚いた。

「どうした? その程度じゃこの俺を止める事は出来ないぜ!」

 なんだか凄いカッコイイ台詞を言ってくれている。正直、本当にネルソンなのか疑わしくなるほどだ。

「このポリスマン・ファイナルをさっきまでのポリスマンと一緒にするな。グレートは俗に言うパワーが強化され、パワードは俗に言うスピードが強化される」

 成る程、パワードにハイパーシューズが装着されたのにはそういう秘密があったわけだ。リーサルウェポンは案外色んな所で使用者の想像力を具現化してくれているらしい。

「しかし。ファイナルは話は別だ。このポリスマン・ファイナルはなんと! この俺の愛と勇気と熱血と根性と魂と正義が力になる最強のフォーム!」

 その時、エリックは思った。それはつまり、ネルソン警部の気合でどうとでもなる、と言う事だよな、と。

(うわ、洒落にならん! 下手したらレベル4以上じゃねぇか!)

 いや、とエリックは自らの思考に待ったをかける。

(まさかアレがナックルのレベル4!?)

 自らの気合を力に変換する最終兵器。正にネルソンにうってつけだろう。つーか、もうなんでもありだ。

「見るがいい、このポリスマン・ファイナルの気合の鉄拳!」

 そう言うと、ポリスマンは空いている方の手で拳を力強く握り締める。その拳にはナックルの力で、彼のデカすぎる気合が詰め込まれている。
 それを振りかぶってから、

「どおおおおおおおりゃああああああああああああ!!!!」

 一気にマザーシップの拳に叩き込む。
 その衝撃でマザーシップはその巨体を一時的に制御できなくなってしまう。言うならば落下だ。

「よっしゃ、今がチャーンス!」

 エリックは槍サーフィンで、弾丸の如くマザーシップに突撃。その後にポリスマンも続く。
 彼等の狙いは一つ。マザーシップに穴を空けて、そこから内部に侵入する事だ。

「行くぜランス!」

 その叫びに応えるかのようにして、ランスの矛先に突風が集っていく。その風は、触れた物を容赦無しに切刻む真空の刃だ。それを矛先に集める事で、突撃していくランスは風の『ドリル』と化す。

「後悔しやがれ、俺を怒らせた事をな!」

 ランスの矛先に集う風が猛スピードで回転する。まるで渦巻きの様なそれは、弾丸の様なスピードでマザーシップの外装にぶつかり、激しい火花を散らしながら分厚い装甲に穴をあけていく。
 そして次の瞬間。風のドリルが完全に外と内部を繋げる穴をあけた。マザーシップの大きさからすれば針が刺さったレベルの小さな穴だったが、それでも中に侵入するには十分過ぎる穴だった。



続く



次回予告


ニック「……最近出番全く無いから皆ワシの存在忘れてないかな。それだけが妙に不安なワシ」

マーティオ「いーからさっさとやりな、ジジイ」

ニック「君、相変わらず酷い……ていうかなんでおぬしは微妙に美少女に恵まれとるのじゃ!?」

マーティオ「何々、アルイーター軍に喧嘩を仕掛けるエリック達。ところがどっこい、彼らは金属を主食とする為にナイフ類は全く通用しないときた」

ニック「ああ、無視!? ワシってば徹底的に無視!?」

マーティオ「そこでキョーヤは己の真の武器を使い、アルイーター軍に勝負を挑む! 次回『俺達の真の武器!』 最終兵器だけが俺達の取り柄じゃ無いってこと、見せてやれ!」

ニック「ワシの立場は!? 久々に登場したワシの立場はー!?」




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